銅鉱山から赤い壁

前回銅鉱山で有名なファールン(Falun)に到着したところで終わってしまいました。

ファールン銅山についての始まりについての記録はなく、10世紀の遺物が発見されたことから、その頃には採掘は始まっていたと推測されています。1992年に閉山されましたが、2001年にユネスコ世界遺産に指定され、今はビジターセンターが出来て坑道の見学ツアーを運営しています。

外からも、この様に大きな採掘跡を見ることが出来ます。1687年に大崩落があり、穴が更に大きくなったとか。あとで模型を見ましたが、その場所に建っていた建物も一緒に崩れ落ちたようです。

大事故にも関わらず、死傷者は一人も出ませんでした。なぜか。

当時は苛酷な労働条件で、休みは年に2回、夏至祭前日とクリスマスだけでした。崩落の日は偶然にも夏至祭前日の日で、誰もその場にいなかったのです。たまたま見学に訪れたのが夏至祭翌日の月曜日でしたので、正にこの頃だったのだなあと感慨が湧きました。

ビジターセンターで坑道見学の申し込みをすると、受け付けの陽気な女性が施設の地図を渡しながら「坑道の中は5度、暗くて足元が濡れているから気を付けてね!」「はあぁ…」今着ているもので充分だろうかと一瞬浮かない顔をした私に「寒くて暗くて濡れているの、最高でしょ?!」と明るく冗談を言うので、つられて笑ってしまいました。

まさか、その後で自分の姿に笑うことになるとは(前が閉まっていないのはショールが厚すぎたから)。

ガイドの男性が要所要所で説明をしてくれます。色々な興味深いエピソードを話してくれましたが、一番印象に残ったのは、ある坑夫にまつわる不思議な話。

1719年に一人の坑夫の遺体が長年使われていなかった、水の溜まった坑道で発見されました。亡くなってそれほど時間が経っていないように見えたのですが、行方不明になった坑夫はいず、誰なのか分かりません。その遺体を見た女性、Margareta Olsdotterが「彼は私の婚約者だった人です」と言うのですが、白髪の60代の彼女を見て誰もが信じません。ところが、それは本当に1677年に行方が分からなくなっていた恋人のMats Israelsson(通称Fet-Mats)だったのです。水に含まれる天然のミネラル成分で40年余りの間、傷むこと無く保存されていたのでした。

ガイドは坑道内に瑞々しい緑の葉をつけたクリスマスツリーを見せ、それもまた何十年も前からこの状態であると説明してくれました。そのツリー、見たいですよね?Fet-Matsが発見された大きな穴とか見たいですよね?王室一族が代々壁に残した落書きのサインも興味ありますよね?

ごめんなさい。暗かった上に、あの格好でカメラを取り出すのは億劫だったので写真を撮っていません。さあ、見たいと思ったあなたもファールンへレッツゴー!

ビジターセンターでは外壁用の赤い塗料、ファールンレッド(Faluröd/ファールロッド)が販売されていました。スウェーデンの木造住宅の特徴である赤い色は、このファールンの銅鉱山から産出された鉄や銅の副産物である酸化鉄から作られます。防腐剤の役割を果たし、1500年代頃からスウェーデン全土に広がったとか。

ビジターセンター周囲の建物も、当然ファールンレッド。ところで、この電気自動車の充電器に注目。描かれている特徴的な花柄は、ダーラナ地方の文様『クルビッツ』です。前回ご紹介したマルボロ風オブジェの下に描かれていたのがこのクルビッツ。

そんなこんなで鉱山を離れ街中に戻ってダーラナ博物館にも行きました。

館内には、過去から現代までの様々なダーラヘストたち、ニルスの不思議な旅の作者セルマ・ラーゲルレーヴのアトリエの再現、これでもかとクルビッツで飾られた伝統的な絵の数々があり、工芸品好きにはなかなか楽しい展示内容。撮影禁止ではなかったと思うのですが、なんとなく疲れていて何も撮っていません。その時は心に刻めばいいやと思ったのですが、あれだけの歴史的なダーラヘストが揃っているところなど見る機会など滅多にないので、今は撮ればよかったと後悔しています。

撮っていたのは、ミュージアムショップの前に展示されていたこの子だけでした。

何故だろう。大きいなあと思ったからかなあ…。

ミタ


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