イシュトヴァーンのハンガリアンキッチン♪予告編

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おはようございます。
一年半に渡ってハンガリーからお菓子のレシピを紹介してくれていたゲルゲイ君ですが、中国留学に伴い「お菓子教室」が無期中止となってしまいました・・・。
でも、そこで転ばないのがハンガリーの由美さん。今度は見事、ハンガリー料理教室の先生を見つけてきてくれました♪
さて、今日は新しい先生の紹介と予告をお届けしますね。
*写真のプレートは、Granit ステンシル飾り皿 (植物柄)Granit ティーカップ (エンジとピンクのステンシル柄) です。どちらもハンガリーのメーカー、グラニト製です。


みなさま、こんにちは。
ゲルゲイ先生のお菓子教室が終了を迎えて寂しく思われている方へ、新企画のお知らせです!
え? 
切り替えが早すぎ? 
こーゆーことは旬が大事ですから、うんうん(笑)。
 
まずはロヴァーク・イシュトヴァーン先生をご紹介いたしましょう~!
(↑フクヤ通信を隅から隅まで読まれている方にはおわかりですね。私ったらスカウトに成功したんですよ、フフフッ♪)
 
彼はブダペスト在住の、もうすぐ誕生日を迎える、現在25歳の建築士。
シュクシュドゥ出身。
「ブダペストからドナウ川沿いを自転車でタラタラ南下して行ったら、120㎞走った頃に、なんとなくその辺りに着く。」
と思ったのは私ですが、本人曰く「バヤの街の隣り」だそうです。
日本の方にはわかり易く、刺繍で有名なカロチャより南、ワインどころのセクサールドより東。
あら、なぜかハンガリー国内地図が手元にあるわ!なんて方がいらっしゃいましたら、どうぞ記念にご確認下さいませ。
 
そして、趣味は、、、趣味は、、、、、
 
へへへ~♪ 
 
ある意味、これについてもお楽しみに~♪
 
私自身、彼のことは随分前からあるツテより聞いておりましたが、実際に会ったのは、実は今日が初めてなんでございますよ!ホホホっ。
そんなことで始めちゃう料理コーナーってありなんですか、って?
ありですね。
フクヤさんでは、なんでもありです。
 
本日、ビジネスランチであれこれ尋ねました。
(注:だから彼はすでに私の知人です。 まだ数時間来のつき合いってだけのことです。)
イシュトヴァーンくんは高校の頃から寮生活に入り、身の回りのことは炊事洗濯全て自分自身でやってきたとのこと。
つまり、ゲルゲイくんとイシュトヴァーンくんの違いは、彼が早い時期に実家を離れたことも理由として、「”おばあちゃんやお母さんと一緒に台所で”という経験はほとんど無い」ということです。
しかし得意料理に関して彼の口から挙げられたのはもちろん、どれも伝統的なハンガリー料理名。
わからなければ、速攻でお母さんに電話するそうですし(笑)すでに、日本で手に入る食材でのアレンジを考えてくれているらしく、彼独自のアイデアも盛り込まれながらの、なんだかワクワク~♪な予感ですね。
「もちろんお菓子も作りますよ~~」
という言葉に、思わずニンマリするのは私だけではないはず♪
遠い中国から
「ボクのことを忘れないでぇぇ~~」
というゲルゲイくんの叫びが聞こえてきそうですが、ま、しばらくそれは、空耳ということで。
 
100831-2.jpg新コーナーでも助手兼カメラマンを務めさせていただきます私としましては、顔合わせの本日、まず「写真を撮ってもいいですか?」の一言に、ニッコリ「どうぞ!」なんて素直にね
これ、どこかの誰かとエラく違って、私の仕事もやり易そうで、何気に嬉しさ隠しきれません。
 
そのうち二人が組んでの企画なんて、どうなんだろう?
アニメオタクと建築士?
うーん。
 
なんとなく写真を見比べると、この二人、顔が似てませんか?
 
うーん。
 
とにかく、まずは第一回目をお楽しみに~~!
 

*おしまい*

以上が昨日ハンガリーから送られてきた予告編です。
“自転車で120キロはたらたらなんて距離ではないだろう”とか、”旬ってなんの旬だろうか?”とか、”フクヤさんでは何でもありなのか?”とか、”刺繍で有名なカロチャより南・・・って普通の日本人には分かりやすくはないだろう”など突込みどころは満載ですが、まあ、これはこれで。
最初「しましまのシャツを着て小太り」と聞かされていたので、ハンプティ・ダンプティのような姿を想像していたのですが、小太りというより体格がいいのではないのかなあ?主観の違いかしら?
日本と違って、コンビニ弁当や手軽なお弁当屋さんが無いヨーロッパ。男性でも独立したら料理を作らなければいけない状況になりがちです。そこで料理の面白さに目覚める場合も多いのでしょうね。
早くから独立しているイシュトバーン君の腕に期待です♪
ミタ
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イシュトバーンはちょっと長くて言いにくいなあ。短くならないかなあ、太郎とか。


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デンマークのディーラーさんの夏休み

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「1919年にドイツに創立された造形芸術学校バウハウスでは、芸術と日常生活の統合を目指していた。またバウハウスのデザイナーは、円、方形、三角形が普遍的な視覚原語の基礎と考えていた。」
と、いうわけで、いまやデザイン用語とすらなっているバウハウス。そもそもはドイツに創立された学校名です。写真は手持ちの画集にあるバウハウスのグラフィックと、バウハウス的な幾何学デザインを持っている、ドイツVohenstrauss社のビンテージコーヒーカップ(シュガーボウルは私物)です。
→Vohenstrauss コーヒーカップ(オレンジと黒の柄)(ドイツ製)
現在美術館になっているバウハウスには5、6年前に行ったことがあります。時間が経つのを忘れるような素晴らしい展示物で、一緒に行った家人に「20分で30センチしか進んでいない!」と笑われた思い出があります。
と、そんな事を思い出したのは、デンマークのディーラーさんから届いた、楽しかった夏の旅行の写真にバウハウスが含まれていたからです。ブログに出してもいいよ、と許可をいただきました。
ドイツ、オランダ、チェコと電車で巡った今回の旅は家族それぞれにテーマがあり、歴史を専攻したご主人は”第2次世界大戦”、14歳の娘さんは”まんが”、そしてディーラーさんはもちろん”デザイン”だったとか。
それでは、いくつかの写真をコメントと共にお届けしますね。括弧内がディーラーさんのコメントです。


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「これがバウハウス。デザインと建築好きにはたまらない展示だったんだけど、撮影が許可されていなくて残念 :-(」

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「プラハ(チェコ)では美術館に行ったわ。いくつかの彫刻と絵画以外は、はっきり言って現代美術は退屈(失礼!でも本当よ)だったけれど、6階吹き抜けの建物が素晴らしかった!」

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「でも、展示物に2人のデンマーク人を発見!やった!」
(左:Verner Panton作 Panton Chair 1968年、右:Michael Bang作 Astronaut Lamp 1970年)

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「ミュンヘン(ドイツ)では英国庭園に中国風の塔。それと、ものすごい量のテーブルとベンチ。10月になったらここでビール祭りが開催されて、エンドレスにビールが消費されるのよ :-)」

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「ユトレヒト(オランダ)では美しい家と自転車の写真を。とにかく至るところに自転車が駐車してあって、まるで全員が自転車を持っているみたいだったわ。でもスポーティーなタイプは少なくて、花やシールで飾ったりしていて、まるでおばあちゃんの自転車みたいよ。」

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「私たちの共通のテーマは”日本”!ベルリンでもミュンヘンでも日本食を楽しんだわ。それから、娘はどこに行っても漫画ショップを探していてんだけど、ベルリンとユトレヒトには大きな店があって、英語とドイツ語に翻訳されたマンガを6冊手に入れたの!」

100830-16.jpgこちらがお嬢さんの描いたマンガです。上手ですよねー。それに、日本のマンガそのままの表現方法に驚きました。
もう、この世代は国境を越えてマンガという共通言語を持っているのかも知れません。


以上がいただいた写真とコメントです。ドイツの日本食はかなりいけたようですよ。見た目も素晴らしいですよね。全部を紹介することは出来ませんでしたが、本当に楽しそう!
ヨーロッパ大陸は電車で国境を渡れるところが羨ましいです。私は時間がゆっくりと流れる電車の旅が好きで、時間が許せば電車で移動するようにしています。またいつかこうやってヨーロッパを電車で旅したいですね。
さて、チェコについては彼女は近代芸術を紹介してくれましたが、実はアール・ヌーボー(19世紀末から20世紀初頭に流行した美術様式)を代表する画家、アルフォンス・ミュシャの出身国。街中にも素晴らしいアール・ヌーボー建築が残っています。
100830-17.jpgこれはチェコ、プラハの駅構内です。後ろに美しいアール・ヌーボー風の彫刻が見えるでしょうか。看板の文字の書体も素敵ですね。

100830-18.jpgこれはプラハで泊まった宿の入り口です。歴史を感じる建物ですがホテルではなく、一般のアパートメントです。ヨーロッパではこのように所有しているアパートメントの部屋を丸ごと旅行者に貸し出すことが良くあります。
ここは、寝室とキッチンダイニングの2部屋にシャワーとトイレ付きで、一泊2000円ちょっとくらいだったと覚えています。一ヶ月滞在しても、東京の家賃よりも安い!当時は今よりもユーロが高かったのにこの価格は、チェコの物価の安さを実感した出来事でした。
そう、ということは、写真がかなり古く見えますが、チェコに行ったのはそんな昔のことではありません。当時はデジカメではなく(デジカメも携帯も4、5年前まで持っていませんでした)、フィルムカメラの写真をスキャンしたので、色が飛んじゃいました。
日本は毎日本当に暑くて、写真を眺めていると、涼しいヨーロッパに出来るなら飛んでいきたいような気がします。
ディーラーさんから「デンマークはすっかり秋の様子。でも、もしかしてこの暗くて寒いのが羨ましいんじゃないの?」と。
はい、その通りです。今は・・・・。
ミタ
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デジカメの欠点は現像をし忘れるところですね。一昨日溜りに溜まった写真を現像にだしたら、180枚ありました・・・。


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ロールストランド製のリサ・ラーソン

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スウェーデンから布だけではなく、リサ・ラーソンのフィギュアたちもやってきました。いつもは布ばかりお願いしているディーラーさんなのですが、たまたまリサのフィギュアを見つけたから欲しい?と聞かれ、一緒に送ってもらいました。

ただ、トップの写真の子は、前回の買付でデンマークから送ったマリアちゃんで、布と一緒に来た子ではありません。
Gustavsberg 世界の子供たち (Maria)
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この子達が緩衝材代わりに布でグルグル巻かれて、先日到着した子です。

これらの作品の一部は、現在もリサ・ラーソンのスタジオで継続して作られているものもありますが、入荷したのは1970年代前後にリサがグスタフスベリで製作したビンテージたちです。

というわけで、Gustavsbergのロゴが付いているはずなのですが、このロシアの男の子、Ivan君には同じスウェーデンRörstrandのロゴが付いていました。
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不思議に思って、ディーラーさんに尋ねると「Gustavsbergは一時期Rörstrandだったから」と返事が。不勉強なことに、初耳でしたのでもうちょっと聞いてみたのですが、実は彼女も陶磁器は専門ではなく、良く分からない様子です。

そこで、Gustavsbergのメーカーサイトをみたのですが、Rörstrandとの関係の記述を見つけることが出来ませんでした。今度はRörstrandのメーカーサイトをあたると、それらしき事が。更にヒントを見つけて調べ、Wärtsilä社とRörstrand社のサイトにある社史を合わせると、以下のことが分かりました。

少し歴史が戻りますが、Rörstrandは1963年から1984年にかけて、Upsala-Ekebyグループに吸収されグループの一部となりますが、今度は1984年に既にArabia社を持っていたフィンランドのWärtsilä社に買収されます。

そのWärtsilä社が1987年にGustavsvergも買収。はっきりとは分からないのですが、そのときRörstrandとGustavsbergは「Rörstrand-Gustavsberg」となったようです。

その後、1991年、Wärtsilä社はArabia社とRörstrand-Gustavsberg社をHackman(ハックマン)に売ります。1994年にGustavsbergは別れ、衛生陶器部門が独立、それ以外のメーカーはハックマンの子会社になり、後にその3社はイッタラグループという巨大グループを構成するようになるのは、ご存知のとおり。(ちなみにイッタラグループの大株主はハサミで有名なフィスカルスです)

時間をかけて英語、スウェーデン語、フィンランド語で調べたのですが、さっき日本語のWikipediaを見たら、少し書いてありました。
イッタラ(Wikipedia)
ちょっと肩透かし。

というわけで、このRörstrandのロゴを持つIvan君は、可能性として1987年から1994年にRörstrand-Gustavsberg社で作られたのと思います。

このIvan君は一緒に入ってきたGustavsbergのものに比べて重く出来ています。底に穴も開いていないところを見ると、中が空洞になっていないのでしょう。ちょっと珍しいアイテムです。

ところで、私は子どもの顔の中でも、つんと突き出したような口元が一番可愛いと思っていて、自分が子どもの顔を描くときはいつも口元を強調して描くようにしていました。リサの子どもたちを見ると、どの子もやっぱり口元が可愛らしいのですね。

こういうところが実際に3人の子の母でもあるリサらしい観察だなあ、と思ってしまうのです。
DSC_0700.jpgさて、リサには関係が無いのですが、子どもつながりで、ムーミンカレンダーのご案内です。
今日の午前中にフィンランドから「2011年度ムーミン原画カレンダー」が入荷しました。販売開始は来週の木曜日、9月2日を予定しています。到着が2日早かったら昨日アップできたのですが!
それでは、これから準備しますね♪

ミタ
そのディーラーさんが「Larsonにはsが1個しかないの!」と書いてきたので、何でそんなに驚く?と思ったら通常スウェーデン人の名前はLarssonとsが2個で、1個というのはかなり珍しいそうです。


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母がどんな人か知って欲しい・・・Ullasの話

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おはようございます。
先日スウェーデンから沢山のビンテージクロスが入荷しました、キノコと一緒に・・・。

キノコの話はちょっと関係が無いので、置いておいて・・・、今回は含まれていませんが、スウェーデンのビンテージクロスを見ると、しばしば「ULLAS」とサインがあるのをご存知の方もいらっしゃると思います。

以前入荷したULLASの作品の写真が残っていました。この可愛らしいピローをフクヤ通信でご紹介したのは2008年のことです。懐かしいですね。
2008年1月11日の記事
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この「ULLAS」さんですが、随分前から気になっていたのですが、どういった方なのかさっぱり分かりませんでした。2007年に雄出版から発売された「北欧のかわいいプリントファブリック」の巻末でも”詳細不明”と紹介されています。
ところが、ひょんなことからこのULLASさんが誰なのか、分かりました。そして、とても残念なことに、昨年(2009年)の7月に肺癌で73歳でお亡くなりになっていたことも・・・。

そのULLASさんについて彼女の息子さんが手記を書いていらっしゃいます。これからご紹介するのは息子のPeterさんとHansさんによるお母様の思い出です。許可をいただいてご紹介します。


母は今年(2009年)の7月10日、肺癌からくる合併症でSahlgrenska病院で、73歳で息を引き取りました。母が亡くなる数週間の間に、母から聞いた話をお伝えします。

私と兄はネットオークションで母のデザインしたハンドタオルが売られているのを見たことがきっかけで、半年ほど前から母の作品を集め始めました。

私たちはまた、母と彼女の夫であるJarlが引っ越したときにも多くの作品を譲り受けていました。それらは彼女がデザインした多くの作品がプリントされ、サンプルとして全て受け取っていたものが長年の間に随分とたまってしまったのではないかと思います。

数ヶ月前、コレクターの方が母の作品が日本の本に出ていると教えてくれ、一冊分けてもらいました。母の作品の一部が日本語で紹介されているのを見ることはとても楽しく、日本の方々が母の作品を持っておられれるということも嬉しく思っています。*たとえ彼女の名前が誤りのまま紹介されていても。
*「北欧のかわいいプリントファブリック」では「Ulla Grevér」となっている。

ここからが母が話してくれたことです。

母は1959年から1988年までフリーランスのデザイナーとして働いていました。サイン「ULLAS」の最後の文字「S」は、母の名前「ULLA」に結婚前は苗字のSvenssonから、結婚後は新しい苗字のScheuerのイニシャルをつけたものです。

母はほとんどの仕事を、私と兄が走り回っている家のキッチンテーブルで行っていました。私たちは幼稚園には行かない世代でしたが、インテリアデザイナーの父の収入で安定した生活も出来ました。母は同じパターンの色違いを作るときは、元の絵をトレースし、あちこちにカラーで点を描きました。そして、点で絵を埋めるのを私と兄が手伝ったものです。

母はイェーテボリのアートスクールを卒業後、1959年にメルンリュックの会社で1年ほど仕事をしました。その後、イェーテボリのHisingenにあるテキスタイルメーカー、Stildukar社にコンタクトを取りました。そこは母のタペストリーを一番多く作った会社です。また、イェーテボリ近辺の他のテキスタイルメーカーにもデザインを提供していました。いつも母は2、3の異なったイメージでデザインを用意し、家にやってきたStildukar社などの企業と製造について打ち合わせをしていました。彼女は通常は家で働いていて、ごくたまに作品を見せに外出していました。

「私はあなたやお兄ちゃんを打ち合わせに連れて行けなかったの。だから代わりに担当の人が家に来たのよ。」

母は1988年まで精力的に仕事をしていましたが、離婚がきっかけで別の仕事、例えば家政婦や調理人、あるいはベビーシッターといったものを捜さざるを得なくなりました。

この7月に母と話したとき、彼女は「鮮やかな空想力があったから、アイデアを捜し求めたことは無いわ。モチーフはいつも自分の中から湧き上がってきたのよ」と話していました。

彼女はありとあらゆるテキスタイルから、「Tuggvänliga」というベビー雑誌のためにプレイスマットや下着、それにクリスマス用のプレゼントを入れる靴下までデザインしました。

スウェーデンで最初に大きなクリスマス用の靴下をデザインしたのは彼女なんです。

母は亡くなる何年も前に再婚しましたが、離婚した1988年から亡くなるまでの間は、残念ながら良い事だけでなく、悪い事もありました。けれども、いつも忍耐力で直面した問題に打ち勝っていきました。今回もそうであって欲しいと皆が願っていました。けれど、残念ながら・・・。

彼女の晩年の数年間は孫や友人、知り合いのためだけに絵を描いていました。また気が向いたときに筆を持ち何枚かの絵を描いたりもしていました。

母は仕事において一種の逆転の人生でした。若かった彼女がデザインした作品はブレイクし、有名になるものの、その後徐々に忘れられてしまうのです。最も輝いていた頃の彼女の存在は、北欧中で知られていました。それが今では、昔のものとして、ネットオークションで見られるようになり、テキスタイルの流行に敏感な人々のものとなっているのです。

近年母は、母が活躍していた時のように、遠近画法とは程遠い平面な絵を毎日描いていました。

「遠近法を理解したことはないわ」と母は言い、毎日遠近画を描いては、私に電話をよこし、同じ台詞をこぼすのでした。

私たちの母がどういう人だったのか、何をしたのかを他の人たちに知って欲しいと思っています。

イェーテボリ
Peter Scheuer / Hans Scheuer


ここまでが、息子さんの手記です。溢れる才能を持ちながら、生活のためにキャリアを断念せざるを得なかったUllaさん。その母を惜しむ息子さんの愛情が伝わってきます。

この手記は、スウェーデンのブログ”Re-Dizain”に寄せられたものです。このブログではビンテージのコレクション、特に布を沢山紹介されています。ULLASに関する記事を日本で紹介したいと、書き手のNoaさんにコンタクトをとったところ、息子さんの「母の事を他の人にも知って欲しい」という意思に従い、快く承諾してくださいました。

いつかビンテージクロスに関する本を出したい、というNoaさんの素晴らしいコレクションはこちらからご覧下さい。ビンテージクロスを使った、手作りのアイデアもいっぱいです。
RE-DIZAIN

また、今回はスウェーデン語を最初にGoogle自動翻訳で英語に訳し、意味の通らないところをNoaさんに修正してもらったものを日本語に訳し、その日本語訳を更にNoaさんの友人である、スウェーデン在住の日本人、Iさんに訂正していただきました。

間に北欧の夏休みを挟んだり、3者間のメールのやり取りが上手くいかなかったりと、少々もたつき、最初にNoaさんにコンタクトをとったのが6月の初めですから、今日ご紹介するまで2ヵ月半かかってしまいました。

ご協力いただいた、NoaさんとIさんにこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

最後に以前フクヤでご紹介したことのある、Ulla Scheuerさんの素晴らしい作品をご覧いただき、ご冥福をお祈りしたいと思います。
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ミタ

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最後のニワトリは個人的にとても気に入っているので、フクヤの新着ページで使わせていただいています。


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マリアンヌさんのスパイスを使って・・・

おはようございます。
昨日、「マリアンヌさんのジンジャーケーキスパイスミックス」をお買い求めの東京都のKさまより嬉しいお便りとお写真が届きました。
Kさまはスパイスミックスを使ってケーキ以外のものを作られたとか。
それではご紹介しますね♪


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Fukuya 様
いつも楽しく利用させていただいています。
昨日届いたマリアンヌさんのスパイスミックスで今朝、パンケーキを作り、リンゴンベリージャムをたっぶりつけていただきました。
美味しくって美味しくって、独り「ウマーイ!!」を連呼してましたよ。
しばらくハマリそうです。
リンゴンベリージャムが入っているガラス。
青い鳥さん。
Fukuyaさんから購入したものです。
Fukuyaさんから購入したものはすべて宝物となっています。
これからも素敵な出会いを楽しみにしています。


Kさま、ありがとうございました。
お写真に写っているガラスのボウルも鳥もストックホルムで買い付けたものです。写真を見ると、「そうそう、これは端のほうにあったのを掘り出したのよね」とか「これはガラスの棚に大切に置いてあったっけ」など買い付けたときのことが思い出され、大切にしていただいていると伺うと、じんとしてしまいます。
また、奥に置かれている猫の柄の布は、スウェーデン王室御用達だったテキスタイルメーカー、Ekelund(エーケルンド)のものです。お写真をいただいてから、エーケルンドの布ですね、と返信したところ
「エーケルンドのクロスは、『Katt Katt』で購入したんです!
ちょうどスウェーデンに行く前にブログを読んだのでラッキーでした。」
と、ご返信いただきビックリ!
実は、このブログとは、こっそり書いているプライベートのブログのことなのです(えへへ)。
ストックホルムにある猫グッズ専門店Katt Kattをそのブログで紹介したとき、”行ってきました”とコメントをいただいていたのですが、ハンドルネームだったのでKさまとは気が付きませんでした・・・!
プライベートな方は、気軽なブログですが、少しでも読んでくださった方のお役に立てて嬉しいです。(手前のランチョンマットにも少し尻尾のようなものが移っているので、もしかしてこれも?)
もしご興味があれば、Kさまがエーケルンドをお買い求めになったストックホルムの猫グッズ専門店はこちらです。
Katt! Katt!
このスパイスミックスは、このようにケーキ以外のお菓子にもお使いになれます。パンケーキは思いつきませんでしたが、手軽でいいアイデアですね!思い立ったらすぐに出来るので、朝食やおやつにパンケーキを焼くことが良くあるのですが、次回は手持ちのスパイスミックスを入れてみます。
お菓子以外では、私のお勧めはインド風の紅茶”チャイ”です。
100822-2.jpg学生のとき、今はスパイス研究家になっている友人の松田さんからチャイのコツを教わりました(当時からスパイス好きだったのですねー)。
といっても難しいものではなく、茶葉は細かいものを使うこと。高級なものよりも、安いものがお勧め。
牛乳に葉を入れると膨らまないので、先に水と葉とスパイスをいれて弱火で煮出して、充分お茶が抽出されたところに牛乳を入れて再び温める。
の2点を守れば大丈夫です。私はチャイのときはティーバッグから葉を取り出して作っています。
最近は夏でも体を冷やさないように言われているようで、書店でも体を温める健康法について書かれた本をよく見るようになりました。
なかでも、生姜は体を温めるだけではなく様々な健康にいい効能があるとか。生姜がたっぷり入ったスパイスミックスは美味しく手軽にスパイスの効能を取れる方法としてお勧めですよ。

■ただいま、スパイスミックスは半額&送料無料キャンペーン中です。残り3袋のみとなりましたのでご興味のある方は急いでくださいね。
↓ご購入はこちらをクリックしてください。
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■また、ヨハンナさんのお料理教室の残席が9月8日の1席のみになりました。ご検討中の方、こちらも急いでくださいね。
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ミタ
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夏は夜になると足の裏が熱くなって寝られなかったのですが、これは逆に体の冷えが原因とか。温めるようにしたら症状が治まりました。


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